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第115回「ワシントン・プレイス2013年」
アン
ハワイ州議会の北側に位置するワシントン・プレイス
イオラニ・パレス、ハワイ州議会の北側に位置するワシントン・プレイス
 皆様アローハ!

 前にもハワイ州知事官邸であるワシントン・プレイスについてお話したことがありましたが、先日久しぶりにイオラニ・パレスのドーセント・トレーニングの一環で訪れる事ができました。 (以前の記事はこちらから: > 第67回「ワシントン・プレイス」) 以前は一般の人の公邸内の撮影が禁止されていましたが、今はツアーに参加すれば撮影できるようになりましたので、ご紹介しましょう。

リリウォカラニ女王のコアで作られたピアノ
リリウオカラニ女王のコアで作られたピアノ
 以前のコラムにも書かせていただきましたが、ハワイ王朝最後の女王、リリウオカラニ女王が余生を送ったこの建物は、女王のご主人であったジョン・オーウェン・ドミニスさんの父、ドミニス船長により建てられ、ドミニスさんの母、ドミニス夫人が守ってきた歴史建造物となっています。中国との貿易をしていたドミニス船長は、この邸宅を当時、ハワイでは数少なかった外国様式で建てられました。1842年に建てられ始め、1847年、建物の完成直前でドミニス船長は中国に行く航海中に行方不明となりました。その後、ドミニス夫人は大きな家を間貸し、息子二人との生計を立てたと言われています。最初に間貸しした人であった米国長官のアドバイスにより、カメハメハ3世は1848年のジョージ・ワシントンの誕生日に因み、この建物を「ワシントン・プレイス」と名付け、その名前を永遠に変えないように定めたと言われています。館内には中国からの調度品や、リリウオカラニ女王が使われたコアのピアノや王朝のシンボルであるカヒリも展示してあります。

お客様をおもてなしされたというブルールームには調度品がたくさんあります
お客様をおもてなしされたというブルールームには調度品がたくさんあります
 1917年リリウオカラニ女王が亡くなった後、女王の兄であったカラカウア王の夫人、カピオラニ女王の甥であるジョナ・クヒオ・カラニアナオレ王子は、当時のハワイ準州が、州知事官邸だったこの建物を、ハワイの女王追悼記念として、後世に引き継ぐよう要望しました。後1921年以来、ホノルル州知事の官邸として12人の知事とその家族が生活されました。


 1999年、ワシントン・プレイスの重要性を一般の人々に広く知れ渡るように、民間の非営利団体、ワシントン・プレイス財団が設立され、ハワイ州とともにワシントン・プレイスを維持して行く事になりました。その後官邸内に、新たに知事官邸が建てられ、歴史あるワシントン・プレイスは2007年に国家重要文化財に指定されました。今は、前もって予約をすると建物内をツアーガイドにより、案内してもらうことができます。ただ、知事官邸なので、公式なイベントやパーティがある場合は、なかなかツアーを予約することができないこともあります。

リリウォカラニ女王の使われていたコアのベッドとメアリイ・カラマさんが作られたクラウンフラワーのハワイアンキルト
リリウオカラニ女王の使われていたコアのベッドとメアリイ・カラマさんが作られたクラウンフラワーのハワイアンキルト
 写真をご覧になっておわかりかと思いますが。。。実は撮影の許可があるにも関わらず、この館で写真を撮る機会は多々あったのですが 。。なぜかいつもボケてしまうのです(笑)。中に入れて頂く時には必ずお祈りをしてから、入らせていただくのですが、またまた残念にもボケた写真となってしまったことをお許しください。リリウオカラニ女王の寝室です。女王が実際に使われたコアのベッドですが、ここにはメアリイ・カラマさんが後々、女王の大好きなクラウンフラワーのデザインで作られた素晴らしいハワイアンキルト(1965年のバーンズ知事の時にこの部屋の改装を手がけ、キルトも作ってもらったとの事)が掛けてあるのです。来る度に、色あせてしまっているのが残念ですが、毎回見せていただくと感動します。色もデザインも優しく素敵なハワイアンキルトです。ただし、以前、実は違うキルトが飾られていたという事です。


 1943年のホノルルスターブルテンの新聞記事によると、その当時は同じベッドの上に、白と黄色のシルク生地で出来たカヒリ(扇のような形)のデザインで、テレサ・クィンさんの手縫いで作られたハワイアンキルトが飾られていたと書かれています。1939年に作られたこのハワイアンキルト、中身のキルト芯がウール素材で、キルト作りには2000ヤード(約1828m)の絹糸が使われたと書かれています。残念な事に、このハワイアンキルトは今どこに行ってしまったかは不明のようです。

ワシントン・プレイスのラナイに飾られているリリウォカラニ女王の写真にはいつもたくさんのレイが掛けられています
ワシントン・プレイスのラナイに飾られているリリウオカラニ女王の写真にはいつもたくさんのレイが掛けられています
  ワシントン・プレイスのラナイにはリリウオカラニ女王の写真が、たくさんのレイとともに飾られています。54歳で王座を退いてから79歳で亡くなるまでの25年間、どのような思いで、このワシントン・プレイスで生活されたのでしょう。優れた音楽を作曲したり、詩を書いたり、キルトを作ったりした事はもちろんですが、女王ではなくなってからも、ワシントンD.C.に行かれたりと各地を訪問されました。またクィーン・リリウォカラニ・チルドレンズ・センターズを作り、子供達の健康維持や健やかな育成にも貢献しました。ハワイの人たちからは本当に愛された女王だったのですね。女王の思いがたくさん込められた歴史あるワシントン・プレイスは一度訪れてみていただきたい場所の一つです。

イオラニ・パレス、ワシントン・プレイスのドーセントであり、私のイオラニ・パレスのガイドトレーナーでもある Zita Cup Choy先生
イオラニ・パレス、ワシントン・プレイスのドーセントであり、私のイオラニ・パレスのガイドトレーナーでもあるZita Cup Choy先生
 イオラニ・パレスのドーセント(ツアーガイド)のトレーナーである、Zita Cup Choy先生はワシントン・プレイスのドーセントでもあるので、詳しい話をたくさん聞く事ができました。イオラニ・パレスの勉強をするということは、ハワイの王朝の歴史の他に、ハワイ全体の歴史を勉強する機会をいただいたということにもなります。どちらのドーセントもすべてボランティアにて、ツアーは催行されています。私もこれからは、ハワイの地に長く住まわせていただいているので、 少しでも恩返しをして、貢献させていただきたいと思っています。

By アン

Washington Place
320 South Beretania St.
Honolulu HI 96813
予約:808-586-0240(英語のみ)
(応対は留守番電話が多いので、メッセージを残して下さいとのことです)



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フラ、レイと並び、ハワイの文化を象徴するハワイアンキルト。その誕生から今日に至る歴史を通じ、キルトに込められたさまざまなメッセージを教えてくれる。実践編では、ハワイアンキルトの約束事や用語、道具などの解説をはじめ、作品制作にあたって注意すべきことなどを、写真を用いながらわかりやすく解説する。また、ハワイ各島を代表する植物と色をテーマにした作品紹介などもある。巻末にはキルト教室とアンティ(先生)の、ハワイ文化における関わりについてページを割いている。

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