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アロハカワラ版第100号記念座談会 Part 2
近藤純夫
橘田

アロハカワラ版は新しい時代に向けてさらなる一歩を踏み出しますが、新年の第1回目は、前回に引き続き、「ハワイの神話と伝説」のサイトを運営されている延江俊輝さん、雑誌フラレアの編集に携わっていらっしゃる橘田みどりさん、そして日系移民を中心に、ハワイ関連の書籍情報を発信していらっしゃる浅海伸一さんとともに、座談会の後半をお送りします。

第三部 フラという文化

近藤: 橘田さんというとフラの現場にいらっしゃる方という認識がありますが、長くフラに関わって来られて印象に残ったことをお聞かせいただけますか?

橘田: わたしがフラと出会って10年ほど、そのうち雑誌「フラレア」に関わって7年が経ちますが、最初は文化的な対象というより、ダンス、つまり趣味のひとつにすぎませんでした。その後、取材を通じていろいろな方からお話を聞いたり、関連の書籍を読むにつれて、どんどんフラの背後にあるものに引き寄せられていったんです。それは単に仕事上というのではなく、何か見えない力みたいなものにどんどん引き寄せられていくような感じでした。たぶん日本人とハワイ人の感覚がどこかで似ているせいではないかと思うんです。ALOHA(アロハ)ということばには、ひとつひとつ意味があって、このなかの「H」は「Haʻa Haʻa」という言葉で「謙虚さ」を表す意味がありますよね。わたしは「謙虚」というのは日本特有の文化だと思っていたんですが、それがアロハの文字のなかにあることを知ったときはびっくりしました。ハワイの人たちと話していると、フラというものを通してハワイの歴史とか、さっき延江さんがおっしゃられた神話の世界とか、礼儀とか、そういったいろいろな、受け継いでいかなければならないものを、たくさん教えてもらえるんですよ。フラは単なる踊りではないということを教えられたわけです。だから余計惹きつけられるんですね。日本人は真面目ですから、見かけだけじゃなく、その背景にも入りこんでいきます。そのせいか最近よくハワイの人に「なんで日本人はこんなにフラにこだわるの」って言われるんですよね。 (※「A(Akahai)思いやり」、「L(Lokahi)調和」、「O(Oluʻolu)喜び」、「H(Haʻa haʻa)謙虚」、「A(Ahonui)忍耐」を表すという説がある。)

延江: たしかに。(笑)

橘田: 「日本には日本舞踊だとか、歌舞伎だとか、茶道とか、たくさんいいものがあるじゃない」って言われるんです。なんでそんなにフラ、フラって言うの? というわけです。(笑) 残念ながら、わたしは日本人どうしのような深い英会話ができないので、その話についてそれ以上、話すことはできませんでした。日本文化は、たとえばわたしは日本舞踊をやっていましたが、先生(師匠)から踊りを教えてもらうだけでなく礼儀作法も教えてもらったんです。たとえばトイレで手を拭くとき、タオルの表面ではなく(折りたたんである)内側の方で拭きなさいと。

浅海

浅海: ほう。

橘田: そうしたら次の人が気持ちよく使えるからということなんです。

近藤: それは作法の延長にあるんですか?

橘田: はい。昔は内弟子制度がふつうだったので、師匠の家に住み込みで教わったんですよね。作法も修行のひとつだったんです。

近藤: なるほど。

橘田: そこから始まって着物の着方とか、たたみ方とかを習ったんですが、そういう機会がないと作法を身につける機会は少ないですよね。わざわざ着付け教室に行かなくても日本舞踊を通じてそうした作法を身につけました。フラも同じで、ただ単に踊りのステップやふりだけでなく、曲の意味を知ることでハワイの歴史や神話を学べますし、レイや衣裳の作り方なども教えてもらったり、自分で勉強できるようにもなったんです。

近藤: 奥が深いですね。ところで、フラに関わるというのは、橘田さんだけでなく、いまでは日本全体の大きな流れにもなっていますよね。フラ人口がどんどん増えています。最近では『フラ・ガール』という映画も上映されて、勢いはまだまだ衰えていませんよね。いったいフラの何が日本人を魅了するのでしょう?

延江

橘田: 踊り自体に魅力を感じやすいのかもしれませんね。年齢にしても子供から年配者までやっていますから、比較的簡単そうにみえると思うんです。それに衣裳も可愛くて華やかだし…。(笑) それに「ハワイ=常夏の島」というイメージも親しみやすくて憧れますよね。

近藤: ところで、フラはダンスとして認識されていますが、他のダンスとは少し違う点があります。フラはハーラウ(学校)で集団で習いますよね。その集団は練習のときからホーイケ(発表会)にいたるまで、ある意味で運命共同体のようにひとつになって行動し、考えます。それはオハナ(家族、仲間)のようなものですよね。長い時間のなかでは関心が薄れたりくじけそうになったりしても、オハナが助けてくれる。だからますますその世界にはまっていくのではないかと思えるんです。こんなにも日本人に受け容れられた背景にそのようなものはないでしょうか?

橘田: それがフラにはまる、根っこのところにあると思います。わたしは、ホーイケやコンペティションなどのイベントをやり遂げると、いつも感動の嵐になりました。踊り終えると泣けてしまうんです。そこに行き着くまでには、うまく踊れないことで悩んだり、くじけそうになったり、仕事などと練習の両立が難しかったりいろいろあるんですが、そんなときは同じハーラウの仲間(フラシスター)のだれかが手を差しのべてくれたりするんです。それらの過程を経て、頑張っていこうよといった団結力のようなものが生まれるんですよね。だから、ひとつの結果が出ると、ものすごく感動してしまうんです。

近藤: 練習自体もある意味で創造の過程なのでしょうね。

橘田: そうですね。練習を重ねる度に団結の輪がきれいに形作られていきます。

浅海: それはオハナのパワーのようなものでしょうか。仲間内で助け合う、というような?

橘田: はい。ただフラシスターどうしもそうですが、やはりクム(先生)が求心力として大事な存在です。仲間だけだと同好会のようになってしまいますよね。クムがいてこそのオハナなのではないでしょうか。フラというのは口承によって今日に受け継がれてきた文化ですから、クムを通してそれらを学ぶことが不可欠なんです。

近藤

延江: なるほど。

橘田: 島によって神話の内容が変わるように、クムによってフラのベーシックステップは違います。ベーシックを見ると、それが誰から受け継がれてきたものかわかると言われているんです。「ふり」も同じですね。ひとつの曲でも解釈が異なるので、ふりも異なる。もちろん共通のものもありますが、クムの解釈によって少しずつ異なります。そういうものが今日まで受け継がれてきたんです。

延江: 言ってみれば、氏素性がはっきりしていることに意味があるということですか?

橘田: はい。わたしも最初はそんなことは全然気にしませんでしたが、ハワイのクムに会っていろいろな話を伺っているうちに、「受け継がれてきたもの」がたいせつなのだということを実感したんです。

近藤: ここで少し話題は飛びますが、浅海さんは先日、男性のフラをご覧になられたそうですが、女性のフラとの違いのようなものは感じましたか?

浅海: テレビで紹介されるのは、メリー・モナークのような歴史あるイベントか、年配の女性が健康のためにやるかの、どちらかですよね。ぼくには後者のイメージが強くて、健康体操のような、精神的文化的な背景を持たないものとして見ていました。でも、今回のカーネ(男性)だけで行われたフラ・イベントではそういった精神性のようなものを感じましたね。

近藤: 精神性といえばハワイで行われるフラの競技会(コンペ)を想い出しますが、コンペに参加するような人たちは洗練されているし、とても上手に見えます。でも競技に関わらない人たちは、もっと違った視点を持っているのではないでしょうか? コンペとフラのエッセンスはどのように結びついているのでしょう?

フラと出会った日

橘田: わたしはいろいろな形があっていいと思うんです。あれが正しいとか間違いとかいうのではなく、フラの本質を感じた上で、それぞれがどのように踊り、表現するかということだと思うんです。コンペは必ずしも競う場ではなくて、それを通じて生徒もクムもさらに深くフラを学ぶ場のひとつなんだと思います。もちろんコンペですから優劣がつきますし、踊りの質を問われるのは仕方ないですけどね。

近藤: メリー・モナークに出場するクムのなかには、優勝できないのであれば出場しないと公言する方もいますが、その辺はどうですか?

橘田: たしかに、すべての人たちがコンペを学びの成果を発表する場と捉えていないかもしれません。でもコンペに出るには勉強しなければなりまりませんし、新しいメレやチャントを創ったりします。日本のコンペも最近では自分たちが演じる曲の解釈を事前に提出しなければならなくなりました。踊る曲の内容をしっかり理解して、何のためにこのレイをつけ、このドレスを着るかといったことを伝えるファクト・シートを提出するんです。それもジャッジの項目のひとつになっています。

延江: モチベーションは人それぞれ、というところでしょうか?

橘田: そうですね。ただ、ハワイのクムたちは、フラがハワイの大切な文化であるという点では同じ意見だと思います。日本では文化的な要素のほかにも、趣味や美容、健康、オシャレの対象でもありますよね。フラの魅力のひとつに衣裳がありますが、ムウムウは日本の着物と同じように、年齢に関係なくだれでも似合います。華やかなドレスを着て、花をつけることって日本の日常ではないことですし、着飾ることで気持ちの面でも若々しさを保てると思うんです。

近藤: カーネ(男性)の場合はどうですか?

橘田: うーむ、鍛えなければだめかな?(笑)

延江: たしかにお腹の出たカーネは見たくないな。(笑)

初めての発表会カヒコの衣装でフラシスターと

浅海: ただ、見るだけの立場の人と、演じている人たちとでは、見方とか考えも違うのでしょうね。

延江: 先ほど橘田さんがおっしゃられた本質みたいなもののことなんですが、方向性のようなものはありますか? たとえば大昔のハワイではふつうにその辺に神さまがいたという背景があって、フラやその他の文化が日々成り立っていたわけですよね。いまは、西欧文明の教育を受けていますから、非科学的なことは信じないけれど…。

橘田: いや、そんなことはないですよ。

延江: 頭のなかで、というのではなく、形の上では、ということです。それはそれで折り合いをつけているのだと思うのですが、ではどの程度本気で神さまを信じているでしょうか?

橘田: ハワイのクムと何人か話をしていて感じたのですが、クリスチャン的な信仰と、ハワイの四大神ではないですが、ハワイにいた神の両方をリスペクトしているようです。たとえば、メリー・モナークでは、エホマイ(※なにかを始めるときに行うチャント)をやって、その後にハワイ・ポノイを歌い、ハワイの州歌を歌い、最後にプレ(※祈り)をハワイ語と英語で行い、最後にアーメンを言います。なので、ちょっと深いところまではわかりませんが、信仰と文化が混在していると思うんです。

近藤: カフナの系譜を尊重する人々のなかには、カアフマヌ(※カメハメハ大王の妃のひとり。大王の死後、実権を奮い、伝統宗教を全面禁止した。)以降のハワイ文化を良しとしない人たちもいますよね。彼らはキリスト教的なものを否定するかもしれません。そのような意味で、メリー・モナークの式典は象徴的と言えますね。

浅海: そのようなこともすべてひっくるめてフラがあるということなんでしょうかね。

延江: お話しを聞くと、キリスト教会が関わるかどうかはともかく、神さまがいるということでは、共通しているんですよね。

橘田: はい、それは間違いありません。クムと接していると日々そのことを感じさせられます。

初めての舞台。前3人が一緒にフラを始めた仲間

近藤: それはある種の実体を持つものなでしょうか? それとも精神的な支えのようなものでしょうか?

橘田: 両方だと思います。例えばレイを作るときは山に入る前や植物を採る前後に自然の神に感謝を述べますし、レイを作る時や身につけるときにもチャントを唱えてきちんとレイができて身につけられるようにお願いをします。それから、日本の迷信のようなものだとわたしは思いますが、何かを始めるときにシャワーが来ると、「これは神からのブレッシングだ」いうようなことなど、神を感じさせる場面は少なくないですね。

近藤: 最後になりますが、フラの今後について橘田さんなりの考えをお聞かせいただけますか?

橘田: 日本人もフラについて真剣に学ぶ方がとても多くなりました。ただ、日本ではハワイと同じにはできないこともありますよね。そのためには日本なりのやり方があっていいかもしれないなと思っています。そのためにも自分のクムを信じてリスペクトの気持ちを忘れず、フラを楽しんでほしいと思います。最近「目からうろこ」のように気づいたことがあったんです。フラは見て癒されるものだと思っていましたが、踊ることで自分自身も癒されるし、護られるんですよね。それがフラの最大の魅力なのかなと思いました。

近藤: どうもありがとうございました。

第四部 日本人移民の歴史

近藤: 最後に日本人移民の歴史と題して、浅海さんを中心に、日本とハワイのつながりを考えたいと思います。

浅海: ハワイにそれほど多く行っているわけではなく、基本的には本から得た知識が中心なのですが、日本人観光客にとっては、日系人が多くいるという意味でハワイは親しみやすいところではないでしょうか。もうひとつ魅力的なのは寺院だとかボンダンスだとか、そういう日本的な文化がとても新鮮にみえます。テレビの番組とかで、「ハワイのなかの日本」の特集を観たことのある人は、そこに昔の日本を見るのではないでしょうか。日系人のなかに、失われつつある日本人のアイデンティティーを見ようとしているのではないかと思うんです。それがハワイの魅力のひとつではないでしょうか。布哇文庫というウェブサイトをやっているからというわけではないですが、いろいろな本を収集していまして、そのひとつに、『ハワイのなかの日本』(※Things Japanese in Hawaii。John deFrancis著)という本があります。これはハワイの中の日本を追いかけたイタリア系の方が著者の本なのですが、彼は日本人や日系人向けにこれを書いたのではなく、同じ移民としてシンパシーを感じたからだと言っているんです。ぼくはそのとき、ああ、なるほどと思ったんですね。ぼくの場合も日本人ですから、日本の文化が混ったハワイに魅力を感じるという面もあるんですが、プランテーション・ビレッジ(※サトウキビ産業時代の各国移民の生活を再現したもの。オアフ島のワイパフにある。)で体験したことが大きかったんです。

近藤: そこでどのような体験を?

Things Japanese in Hawaii

浅海: 日系移民の暮らしに関心があって出かけたんです。このときたまたまガイドをしてくださったのがフィリピン系の方だったんですが、彼から聞いた子ども時代の話がすごく面白かった。いろいろな国の人がハワイに来て魅力を感じるのは、このようにさまざまな民族文化が混じって溶け合っているところにあるのではないかと思いました。日系人がいるからと言うのではなく、このようにさまざまな文化的背景があるからではないのかと思ったんです。

近藤: 昔、ぼくたちは人種のるつぼということでニューヨークを教わったものですが、ニューヨークとハワイとでは違いがあるのでしょうか?

浅海: 喩えとして適切かどうかわかりませんが、ぼくは金平糖(こんぺいとう)のようなものかなと思うんです。

橘田: お菓子の?

浅海: はい。あれはいろいろな色があって、とげとげがある。ニューヨークのような世界は自ら進んでやってきたところだけど、ハワイの移民たちは雇用者の都合で振り回され、いろいろ苦労するわけです。それは瓶のなかに入れて振り回したときの金平糖に似ていると思いませんか? 色こそ残っていますが、ぶつかりあってとげとげが取れ、融和している。

橘田: すごくわかりやすい!

延江: イメージがわきやすいですね。

浅海: だから、いろいろな国の人がハワイへ来たとき、どこか懐かしさを覚えるんだと思うんです。もうひとつ、ハワイの日本文化の本を紹介したいのですが、これは2004年に出版された「Kokoro」という本です。日系の婦人会が出版したものなのですが、写真を見ると、取り扱っている被写体が『ハワイのなかの日本』とほぼ同じなんですよね。30年近くの時間差があるのですが、(被写体は)純粋培養されているように変わらないんです。これは日系人の若い世代に文化を継承するために書かれたのではないかなと思うんですが、それにもかかわらず視点が昔の上野とか浅草の風景を外国人に紹介するようなものに近いものがある。

近藤: 次代に継承するという点で重要だと思いますが、この本は注目されたのでしょうか?

浅海: ハワイの新聞では紹介されていたように記憶していますが、どうなんでしょうね。この本の前書きにもあるんですが、ハワイにはマルチ・カルチャーがあって、そうしたもののひとつとして日本文化があるんだよということを言っています。ハワイは日系文化だけではないのだということを認識する必要がありますよね。ハワイがアメリカの州になった時のことを例に挙げましょう。このとき、日系人は大賛成するんです。ハワイのマジョリティーとして、自分たちの意見が反映されると期待したんですが、ハワイ人には面白くないですよね。

近藤: そうですね。当時、彼らは大反対をしています。

浅海: 日系人の心のありように共感を覚えると同時にハワイ先住民の歴史にも関心のあるぼくにとっては、ハワイ人のことを考えると複雑な気持ちになります。でも、これは日系人に限らないことですが、第二次世界大戦後の移民子孫の心は完璧にアメリカ人になっていますよね。

Kokoro

近藤: たしかにそう思います。今日、日系人社会がたいせつにしてきた精神文化の継承というのはずいぶん形骸化しましたよね。たとえば現在のハワイ州知事であるリングルが共和党から知事選に立ったとき、民主党からは日系のヒロノが立ちました。日系人はハワイで多くの割合を占めますし、ハワイ州は代々民主党が絶対的な地盤を持っていたところなのに、負けましたよね。いまの若い日系人は日本文化や民主党といったしがらみとは無縁のところにあるということを改めて知らされた選挙だったと言えます。そうした時代だからこそ、どこの出自でもない、新しいハワイ人としてのアイデンティティが問われるのでしょうね。この本はそうしたことへの危機意識の表れともとれますね。

浅海: ぼくの知っている3世や4世のなかには、日本人は嫌いだという人がいます。原因は日本の外交姿勢だったり日本人観光客の振る舞いとかだと思うのですが。同じ先祖を持つ人間として良かれあしかれ、日本というものを意識せざるを得ないのでしょうが、文化の継承といった面では希薄にならざるを得ないですよね。その文化さえも現代の日本人の目からみるとちょっと違和感があるのですが。

近藤: そういった負の部分は記事になりにくいですが、日本人に限った問題ではないように思えます。

浅海: ハワイは差別的な面は比較的少ないでしょうが、まだそれぞれの色は残っているという現実がある以上、民族的な摩擦は、簡単にはなくならないのではないでしょうか。

近藤: 浅海さんにとって、ハワイはこれからどのようになっていくのが望ましいと思いますか?

浅海: どの国の出身ということはたいした問題ではなく、ハワイ人であるということの意識が強くなっていくのではないでしょうか。もっとも、ハワイ人の血を引く人のなかには、外国人を追い出そうとする集団もいますが…。

近藤: トラスクみたいな…。 (※ハウナニ・トラスク。ハワイ人に主権を戻し、王政復古を訴える急進グループの指導者のひとり。)

浅海: そうですね。でも、混血化が進むことでハワイに住む人々どうしはもちろん、それぞれの母国の人々に対しても尊敬し合えるようになるんじゃないでしょうか。

近藤: 温度差というのはありませんか? 中国系移民はいまも愛国心が強いけれど、日系移民は希薄化している気がします。

延江: ミッチナーの本でも教育熱心な中国人が描かれていますね。 (※ジェイムズ・ミッチ(ェ)ナーの主著『ハワイ』のこと。)

浅海: そうですね。最近、エスニック・ジョークに関する本を読んだのですが、そのなかで、ハワイ人は他民族を笑い飛ばすだけでなく、自分自身をも笑いの対象にするというのが面白かった。それが民族間を融和させる潤滑剤になっていくんだよと、その本は言っています。

近藤: そういえば、ジェイク・シマブクロが昔出したアルバムのなかにもそれと同じようなものがありましたね。(笑) (※Pure Heartに収められた「Mr. Sun Cho Lee」)

橘田: そういえばそうですね。

日本語学校勝訴10周年記念誌

浅海: ハワイのMountain Appleから『THE 50 GREATEST HAWAI’I MUSIC ALBUMS EVER』というのが第2巻まで出ているんですが、その一巻目にホテルを舞台にしたコメディが納められていました。中国系ハワイ人らしいフロントが白人の観光客からのルームサービスのオーダーを受けるんですけど、実にいい加減で最後には観光客が堪忍袋の緒を切らしてしまうんです。それなんかもハワイの人々が自らを笑いのめすという先ほどの指摘そのままと感じましたね。だからというわけじゃありませんが、ハワイには願望も含みますが、明るい未来があるのじゃないかなと思います。

延江: ハワイ移民を通じて世界の今後を占うという側面もありますね。

浅海: 日本もこれから人口減少時代となって、近隣諸国の労働者を受け入れるようになっていきますよね。そうなるといろいろな問題が出てくると思うんですが、その貴重な教科書として、ハワイはより重要度を増すのじゃないかなと思います。

近藤: 日系移民の歴史はご自分の生い立ちと深く関わってきたと思うのですが、壁のようなものはありましたか?

浅海: すんなりと受け入れたというわけでもないですね。移民とは直接関係ないかもしれませんが、日系人にもそれなりの過去があったことを知ったとき、何事もきれい事では済まないなと思いました。

延江: たしかにそういう側面はありますね。

浅海: 日本人はハワイに対してどうしても幻想を持ってしまいますよね。たとえば、かつてカラカウアが明治政府を訪れ、皇室の山階宮定麿王とハワイ王朝のカイウラニ王妃との結婚を提案しましたが、カラカウアは日本だけでなく、いろいろな国と同じ交渉をしましたよね。日本は遠い国から救いを求めて来たということに感動して、必要以上にこのエピソードが重要視されているように思います。カラカウアにとっては単なる選択肢のひとつでしかなかっただろうものが、日本では大きな幻想となってしまったと僕は考えています。ハワイ報知から出ていた年鑑などの刊行物によれば、カラカウアは縁談には興味を持っていたのに、日本人移民を援助するような具体的な施策をとった形跡がないんですね。この点、もっと確認していかないと、と思うのですが。

近藤: 彼は移民の父と呼ばれているんですよね。(笑)

浅海: そう言う意味ではちょっと皮肉だな。(笑)

近藤: 当時の日本人にとってハワイ人はどのように映っていたのでしょうね。明治から大正、そして昭和の中期まで、日本人はハワイ人を土人と表記しています。ただ、当時、土人ということば決して差別用語ではなかった気がします。それは別として、日本では着実に南海幻想のようなものが膨れあがっていきました。

延江: それが現在にいたるまで続いているんですね。(笑)

浅海: そうですね。(笑)

布哇同胞発展回顧誌

近藤: もう少し移民の話をお聞きしたいのですが、今後のハワイは、混血化が進むことによって民族意識というものが薄れ、一層のハワイ人化が進み融和が生まれるのではないかというお話しでしたが、それでもなお、解決すべき問題がいくつかありますよね。たとえば先住ハワイ人とそれ以外の民族との差別化というのがひとつあります。これはハワイの文化を守るという大義名分があるのですが、同時に差別をも生み出していて、法的解釈を巡ってしばしば物議をかもしています。この他にも、社会の底辺をアジアの移民やハワイ人が支えているという状態もあります。この辺についてはどのようにお考えですか?

浅海: 先住民の文化を守るという名目のために貴重な遺跡の研究が阻害されるといった事態が起きていることは知られていますよね。でも、それ以外の社会的な歪みに関する日本語で読める情報はなかなかないのです。ただ、初等教育の現場からハワイの底辺の人々の状況を報告する物は読んだことがあります。それを読むかぎりハワイ社会の格差は日本のそれよりも大きいですね。

橘田: ハワイの人がいまも目に見えない差別を受けているということですか?

近藤: たしかにそれは残っていますよね。去年、アメリカ南部を巨大なハリケーンが襲って膨大な被害を出しましたが、このとき巧妙だなと思ったのは、映し出される被害者のほとんどが有色人種だったということです。「惨めな白人」はほとんど登場しない。それはアメリカ的なものではないからなのかもしれません。同じようにハワイは先住ハワイ人のものであるという暗黙の了解があるせいか、関連の組織やムーブメントが数多くあるのに、彼らの抱える問題を紹介するシーンはなかなか表に出てきません。

橘田: たしかにそうかもしれない。

近藤: でも、社会的底辺ということばはクセモノでもあるんです。たしかに資本主義経済の底辺かもしれないが、彼ら本来の生き方からすれば原点回帰かもしれない。野山や海の幸が豊富にあるのですから、なにもあくせく働くことはないという考えもあります。

浅海: 日本人を含め、移民の人たちは無理をしてでも(ハワイに)同化しようとしてきましたが、先住のハワイ人にはそうしたモチベーションは稀薄かもしれませんね。

延江: 現在、ハワイには100%の先住ハワイ人というのはいるのですか?

浅海: いないのではないでしょうか。

近藤: ニイハウ島を含めてもゼロだと思います。 (※スーザン・ムーアの『神々のハワイ』によれば、1949年時点で純血の先住ハワイ人は114人とある。)

延江: ということであれば、ネイティブ・ハワイアンという言い方をするとき、どの程度の血が混ざった人たちのことを指すのでしょうね。

近藤: たとえば現在のカメハメハ・スクールでは先住ハワイ人の血が8分の1入っていれば入学が認められます。この学校も設立時は2分の1以上が前提だったのですが、それだけ減ってしまったということですね。

浅海: 移民社会というのはその点で、とても複雑な問題を抱えていると思うんです。

橘田: 日系人以外にも、コリアンだとかチャイニーズなどの移民史みたいな資料はあるんですか?

各国移民の資料データ

近藤: たくさんありますよ。フィリピーノや沖縄人、プエルトリカンなど、移民社会を形成した民族はそれなりに資料を残しています。もちろん、初期入植者であったハオレ(白人)の資料も豊富にあります。

延江: ハワイの移民に関するリーフレットがありまして、たとえば日系人だと「Japanese in Hawaii」といったものがあります。移民を多く排出している民族はかなりの数の本を出していることが分かります。

近藤: この間、カウアイ博物館に行ったらコリアン移民展をやっていたのですが、相当数の資料がありました。

浅海: コリアンは移民100周年をきっかけに関連の書が多く出版されましたね。

近藤: オアフ島のプランテーション・ビレッジではフィリピーノ移民展もやっていました。

浅海: いまは移民の人たちにとっての節目の時代なのかもしれませんね。

近藤: この辺でそろそろまとめに入りたいと思うのですが、その前に、橘田さん、延江さんにとって、移民あるいはハワイの人とはどのような存在なのかお教えいただけないでしょうか。

橘田: わたしがハワイを強く感じたのは、古典のフラを習うのならハワイへ来いと言われたときです。それはハワイの自然と文化のなかに育ったものだから、ハワイを知らなければ理解できないというわけです。

延江: 日本人だからと言うのではなく、外国にいたのではわからないということでしょうか?

橘田: オリンピックの柔道は世界に普及しましたが、元をただせば日本ですよね。最初は日本の精神性を重視して、教えてはやるが看板は取るなよという気持ちがあったと思うんです。

延江: 教えてはやるが、教わるつもりはないと…。(笑)

橘田: フラもそれと同じような気がします。いいとか悪いとかではなく、ハワイ人としてのアイデンティティとしてずっとそこにあるのではないでしょうか。

近藤: クム・フラのなかには、フラはグローバルなものに変身するではないかという人もいますが…。

橘田: たしかにいますが、その一方で、そうはならないと考えるクムもいますよね。クム・フラになるためにはハワイで暮らして初めて体得できるものだという考えが根強いと思います。移民の問題はよく分からないのですが、どれほど長くハワイに暮らしていても、先住のハワイ人以外は、気持ちのどこかでハワイ文化の壁を感じているんじゃないでしょうか。

近藤: 延江さんはいかがですか?

プランテーション・ビレッジ内の日本人移民の家

延江: 移民の話についてはあまり自分では追求してこなかった分野なので大ざっぱな所感ですが、ハワイという土地の持っている力のようなものを感じることがあります。かつて白人が支配するハワイの五大財閥がありましたが、彼らはアメリカ人としてハワイを見ていたにすぎません。それがやがて、おれたちはハワイの人間なんだと自覚していく。新しいハワイ人としてのアイデンティティを身につけていくんです。先ほどクム・フラの話が出ましたが、何分の1かハワイ人の血を引いているというのは、裏を返せば、何分の1か白人なりアジア人なり、その他の民族の血を引いているということでもあるわけですよね。そう言った、いわゆる「新ハワイ人」がハワイの伝統を守るために動いているという事実があります。だから、ハワイに住めばハワイ人になれるという言い方もあるのかなと思います。(笑)

浅海: どこか別の場所を用意して、同じような条件でいろいろな国の人を集めたらハワイのような社会ができるのかなと言うと、そうはならないんじゃないかなと、ぼくは思うんです。

延江: ハワイという風土が醸し出すパワーですか?

橘田: ハワイ諸島はヒーリング・スポットであるという発言も多いですね。すごく癒されるという人は多いですよね。このような言い方は乱暴でしょうが、ハワイという土地であるからこそ、今日の社会があるとも言えるのかなと思います。

浅海: 歴史的にもマイナスの要素を見つけ出せばきりがないけれど、結果を見ればそれなりに収束している気がします。

近藤: 最後となりましたが、浅海さんにとって今後のテーマはどのようなものですか?

浅海: 現在のハワイ社会を構成する柱となった宣教師らの一族の物語を狂言回しに、先ほど述べたようにフィリピン系、韓国系といった日系以外の移民の人々の歴史ももっと知りたいと思いますね。もちろん、日系移民に関する知識もまだまだ足りないのですけど。先住のハワイ人と、他の国の人たち、とくに各国移民の人たちとの共存する様を知ることは私たち日本人やその他の地域の人々にもなにかしら得ることが大きいように思います。

近藤: 今日はとても多くの話をお聞きできて楽しかったです。貴重なご意見をいただけたことを改めて感謝します。今日は長時間ありがとうございました。


「ハワイの神話と伝説」ホームページ
(延江氏主宰)
ハワイの神話や伝説に限らず、歴史や文化などについても、わかりやすく説明しているサイトです。
「ハワイの神話と伝説」


「HULA Leʻa」ホームページ
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フラやハワイの雑誌「HULA Leʻa」のホームページ。ハワイ&フライベントや、カルチャー・セミナーを開くなど、多彩な活動をしています。
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