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フラ(1)
近藤純夫
18世紀のタヒチの踊り

誕生の背景

 ハワイやポリネシアの島々には文字がありませんでした。過去の出来事や重要な事柄はすべてことばで後世に伝えられたのです。ハワイではカフナと呼ばれる祈祷師の役割が重要でした。カフナは神官であり、祭司でもありましたから、人々の願いを神々に伝えたり、神々のメッセージを人々に伝える重要な役割を担っていました。

18世紀のトンガの踊り

 人々の前で行なう祈りは定まった様式を持つようになり、オリと呼ばれるようになりました。日本語では詠唱、英語ではチャントとも呼ばれますが異なる面もあります。オリによって唱えられたメッセージは、神々のエピソードや、祖国の誕生、歴代の首長、島の重要な出来事などです。活字や映像によって保存できない代わりに、カフナが活けるデータベースとして、過去を記憶し、それを人々に伝える役割を担っていたのです。そのため、ことばのひとつひとつを細大漏らさず記憶し、人々に伝えるために、はっきりと話すとか、繰り返し語るといった工夫を施していました。 

 人々の信仰対象である神々はポリネシアから伝えられたものでした。カフナが祭事を行なうのはヘイアウと呼ばれる神殿ですが、これはタヒチやマルケサス、サモアなどにあるものとほぼ同じです。このヘイアウで行われた祭事のなかでオリは少しずつ変化していきました。神や人の情報だけでなく、ハワイの自然一般についても語るようになったのです。

 オリは神聖なものでしたから、唱えることができるのはカフナに限られていました。祈りのことばには抑揚がつきものです。仏教寺院でお坊さんがお経を唱えるのを聞いたことのある人はその抑揚に決まったリズムと高低があることに気づいたことでしょう。祈りというのは、ある点で詩吟などに似ていなくもありません。オリの発声はやがてさらにはっきりとした抑揚がつけられ、ひと息で長いフレーズを唱えたり、フレーズの最後の音を震わせながら長く引き伸ばすということが行われるようになりました。

18世紀のハワイの踊り

 オリのうち、そのような節回しを持つものは一般的なものと区別してメレ・オリと呼ばれるようになりました。メレとは歌、あるいは詩の意味です。メレ・オリはリズミカルに唱えられ、今日の歌唱に近いものとなりましたが、あくまでも歌唱ではなく叙事的なものでした。

 さらに時代が下ると、オリは宗教的な事柄だけでなく、ハワイの歴史や日常の印象深い出来事など、さまざまな事柄を対象とするようになりました。オリ(oli)ということばには、「楽しい」を意味するオリ(‘oli)という意味も含まれるのですが、リズムを重視したもの、あるいはユーモアを含む、聴く者の心をほぐす詠唱法が浸透していきました。

 このようなメレのなかから、踊りや楽器の演奏を伴うものが現れ、メレ・フラと呼ばれようになりました。そして踊りを伴わないメレ・オリと区別されるようになったのです。フラは「踊り」と訳されることもありますが、厳密には「フラを踊ること」を指します。つまり単なる踊りではなく、神々や歴代の首長などに捧げる感謝を表現した踊りであり、手足や体で特定のものを表現するコミュニケーションの手段でもありました。つまり、オリからメレ・オリ、メレ・フラと分化していっても、その基本にはカフナが行なう宗教的儀式を補足する手段というたいせつな役割があったのです。フラとはこのような目的と、目的を実現するための技術、さらに信仰が加わった動き(踊り)を意味します。

 メレ・フラを演じる者は幼いときから修練を積んで高度な身体表現を身につけたので、フラは見る者に強いインパクトを与えました。その結果、メレ・フラはヘイアウでの宗教的儀式にとどまらず、一般大衆へと深く広がりはじめたのでした。

20世紀初頭のフラの練習風景

ハーラウとフラの修得

 フラの修練にはハーラウ・ワ・アと呼ばれる大きなカヌー小屋が使われました。ハーラウには「大きな建物」「集会所」という意味があります。フラが人々の注目を集めはじめると、アリ・イ(首長)は自分の人気取りや権威づけのためにフラの集団をお抱えとしました。専業の踊り手たちは芸術性を高め、人気の高いフラは島じゅうで評判となったのです。

 フラは信仰の一手段としての踊りですから、教える側も教わる側も信心深さが求められました。そのため、フラを学ぶ小屋にはクアフと呼ばれる祭壇が設けられ、そこに植物が捧げられたり、入室にあたっては祈りと浄めの水をかけるなど、さまざまな約束事(カプ)もありました。

カウアイ島のカウル・オ(or ア)・ラカ・ハーラウ・フラ

 フラを専門に教える教師はクム・フラ(フラの熟達者)と呼ばれ、フラを修める者たちの学校はハーラウ・フラと呼ばれました。ちなみに、クムはカフナによって任命され、アリ・イだけでなく、カフナに従うことも要求されました。クム・フラは技術を伝授するだけでなく、神聖で高邁な精神を弟子たち(ハウマーナ)に求めました。クムはハーラウを聖なる場所と考えたので、カフナのお告げに従って浄められた場所に建物を建てました。初めはハーラウ・ワ・アなどで教えていたのですが、やがて森の奥の、人の往来が少ないひっそりとした場所に専門の小屋を造るようになりました。

(つづく)

トップページはハワイ島ホナウナウにあるハーラウ・ワ・アです。


ポリネシア・カルチャー・センター

ポリネシア・カルチャー・センターは、ポリネシアの伝統と遊びが半日で楽しめるテーマパークです。フラ・レッスンやレイメイキングが体験できる「ルアウ・ワークショップ・パッケージ」やポリネシアのゲームや釣りなどで大人から子供まで楽しめる「ファミリー・パッケージ」がおすすめです。
ポリネシア・カルチャー・センター

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