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キラウエア(3)
近藤純夫

ハワイ火山国立公園

 キラウエアとマウナ・ロアはハワイ火山国立公園に属します。周辺に展開する火山独特の景観を保護するため、マウナロア山頂からキラウエア火山南麓の海岸まで882平方キロメートルを国立公園に指定し、1916年8月1日にオープンしました。ここには火山に関わる重要な施設がいくつもありますが、そのなかから一般観光客が目にする建物をいくつか紹介しましょう。

ビジター・センター


ビジター・センター

 国立公園の入口はキラウエア・カルデラの北を走る国道11号線沿いにあります。入口受付を過ぎてすぐに現れる分岐を左手に曲がると、キラウエア・イキ・クレーターやサーストン・ラバ・チューブ方面となりますが、曲がらずに直進するとすぐ右手に現れるのがキラウエア・ビジター・センターです。

 ビジターセンターにはいくつかの役割があります。他の国立公園と同じように数多くのレンジャーがおり、ここでは公園に関するさまざまな質問に答えてくれます。また、許可が必要な場所へ出かけたり泊まったりする場合の許可証の発行や、無料や有料で行われる公園内のガイドも行います。

 センターの奥には映写室があり、ここでは最近のキラウエアで起きた火山活動の映像を見ることができます。英語が苦手な人でも迫力ある映像を観ておいて損はないでしょう。また、毎日ではありませんが、映画の催しや講演などもときおり行われます。これらのイベントについては掲示板に貼りだしてあります。

 センター内には国立公園全体を俯瞰できるジオラマがあるほか、公園内に生息する動植物のサンプルも展示されています。さらに、ビデオや絵はがき、書籍、地図、ポスター、フィルムなど、さまざまな資料を販売しています。なかには日本語のものもあります。

 公園内には多くのボランティアも働いています。彼らを含めた講演スタッフがデスクワークをしたり、ミーティングを開いたり、寝泊まりをする場所はビジターセンターの近くにあります。ここには専門的な資料室もあります。ただし、一般観光客は入ることができません。

ボルケーノ・ハウス

ボルケーノハウスとペレのレリーフがある暖炉の煙突

 ビジター・センターの正面に広がる林の先にはボルケーノ・ハウスがあります。宿泊施設とレストラン・土産物店などで構成されていますが、特筆すべきは建物の裏側に広がるキラウエア・カルデラの壮大な光景です。

 ボルケーノ・ハウスの歴史は1824年に遡ります。カピオラニ女王と彼女の側近がキラウエア・カルデラの縁に草葺きの小屋を建てました。伝説によれば古代ハワイ人はこのカルデラにやって来て捧げものを置き、祈祷師に火の女神ペレへの祈りを捧げる儀式を行いました。

 その数年後、人々のキラウエアへの関心が高まったため、 1846年にベンジャミン・ピットマンという人物がクレーターの縁に新たな草葺きの小屋を建て、ボルケーノ・ハウスと命名しました。1866年、ボルケーノ・ハウスは改築が行われ、オヒアの木を組んで、大型の草葺き小屋に生まれ変わりました。マーク・トウェインやイザベラ・バードが利用したのはこの2代目の建物です。

トウェインやバードが宿泊した当時のボルケーノ・ハウス

 さらに時代が下った1877年、ボルケーノ・ハウスは木造の建物に造りかえられました。ここには大きなリビング・ルームを中心に、暖炉と食堂、それに6つの客室が設けられました。この暖炉はボルケーノ・ハウスのシンボルとして、以後、今日にいたるまで130年近く燃えつづけています。

 1895年、ギリシア出身の、通称アンクル・ジョージがこのホテルを買い取りました。彼は101歳で他界するまで、毎日、キラウエア・カルデラの噴火を眺めて過ごしたため、当時はキラウエアでもっともよく知られた人物でした。 1940年に火災が起き、建物の左半分がほぼ焼け落ちてしまいました。ちなみに、出火の原因はペレの怒りではなく、石油バーナーの失火でした。このとき暖炉に残っていた燃えさしは注意深く移され、火を消してしまうことはありませんでした。ちなみに、ビジター・センターのすぐ先にあるボルケーノ・アート・センターはこのときに焼け残った建物の左半分を修復したものです。

 アンクル・ジョージは1941年に建物を再建しました。これが現在見られるボルケーノ・ハウスです。過去に先の2人の作家をはじめ、リリウオカラニ女王やフランクリン・ルーズベルト大統領などが宿泊しています。現在は本館と新館、それに別館の3館で構成されています。

ハワイ火山観測所

火山観測所。後方に観測塔が見える

 ビジターセンターを過ぎ、米軍キャンプ地を抜けた少し先にハワイ火山観測所とジャガー博物館が現れます。火山観測所は米国地質調査所(USGS)に属する組織のひとつで、1912年に開設されました。ここではキラウエア火山の噴火予知や、ハワイ島に点在する活火山(マウナ・ロア、フアラライなど)に関する基礎的な研究を行っています。

 観測所は、マウナロアやキラウエアに多くの地震計や傾斜計を設置してデータを収集するほか、現在も溶岩を流しつづけているプウ・オー・オーの噴火口へ通い、地上に顔を出したばかりの溶岩を収集しいます。溶岩の流量、組成、速度、温度などから地下マグマの活動を予測するのです。毎週月曜日にスタッフが集まって全体ミーティングが開かれます。

ジャガー博物館

火山観測所に隣接するジャガー博物館

 火山観測所に隣接してジャガー博物館があります。火山観測をはじめたトーマス・A・ジャガー博士の名を取って1987年に開設されました。ジャガー博士は、世界で最初に噴火予知理論を構築した人物として、また、当時はまだ溶岩を流していたハレマウマウ・クレーターの温度を初めてはかった人物として知られています。建物の東と南面はキラウエア・カルデラに面しており、ボルケーノ・ハウスに匹敵する景観を楽しむことができます。あまり知られていませんが、キラウエアの山頂は博物館の裏手にあります。

 博物館内には、稼働している地震計や焼けこげた調査員のハンマーや服などのほか、ペレの涙、ペレの髪の毛、ペレのスポンジなど、火山が作りだしたさまざまな生成物が展示されています。

次回はポリネシア人の誕生(1)と題し、ポリネシア文化誕生の歴史を振り返ってみます。
【ハワイの自然】
 ダイヤモンドヘッドに登ろう (1) 2002年8月1日
 ダイヤモンドヘッドに登ろう (2) 2002年8月15日
 火山と溶岩 (1) 噴火に伴う溶岩 2002年11月7日
 火山と溶岩 (2) ハワイアンと溶岩 2002年11月21日
 火山と溶岩 (3) マグマとその動き 2003年11月20日
 火山と溶岩 (4) プレートの移動 2003年12月4日
 火山と溶岩 (5) 島の誕生と消滅 2003年12月18日
 マウナケアと天文台 (1) 2003年2月20日
 マウナケアと天文台 (2) 2003年3月6日
 渓谷の魅力(1) ワイピオ渓谷 2003年10月2日
 渓谷の魅力(2) ワイメア渓谷 2003年10月16日
 西マウイ・北海岸の自然 (1) 2003年7月3日
 西マウイ・北海岸の自然 (2) 2003年7月17日
 風と雨と虹の話 (1) 2002年9月5日
 風と雨と虹の話 (2) 2002年9月19日
 マカプ・ウ岬を登る 2004年4月15日
 マノア滝トレイルを歩く 2004年5月6日
 キラウエア (1) 2005年4月7日
 キラウエア (2) 2005年4月21日
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